50代になって、パートが疲れるようになった。
そう感じている方は、たぶん私だけではないと思います。
最近の私は、レジに2時間立っただけで、足がくたっとなる日もあります。
家に帰る頃には、口数も少なくなる。
「年齢のせいかな」「体力が落ちたんだろうな」と、何度も思いました。
でも、5年ドラッグストアで働いて、医療事務も経験して、いまもパートを続けている私が、今あらためて思うことがあります。
本当に疲れていたのは、体力だけが原因ではありませんでした。
私が一番疲れていたのは、「人との関わり」だったんです。
理不尽なお客様、コロコロ変わる指示、価値観の違うスタッフ、気を遣う毎日──。
50代でパートが疲れるのは、年齢のせいだけじゃないんです。
この記事では、私が現場で感じた「本当の疲れの正体」と、それでも続けられている理由を、正直にお話しします。
50代パートで疲れるのは、年齢のせい?
たしかに、50代になって体力は落ちました。
20代の頃のように、家に帰ってからもう一仕事、なんてとてもできない。
立ちっぱなしのレジ、神経を使う事務作業——終わったあとの疲れ方が、若い頃とは違います。
でも、半日働いて「くたくたになる日」と「不思議と元気な日」があるんです。
時間も、業務量も、同じくらい。
なのに、帰り道で違いが出る。
何が違うんだろう。
そう考えていて、あるとき気づきました。
疲れていた日の共通点は、体を使った量じゃなかったんです。
「気を遣った量」でした。
私が一番疲れていたのは、「人との関わり」だったんです。
理不尽なお客様に当たった日。
指示がコロコロ変わった日。
価値観の違うスタッフと組んだ日。
そういう日は、体を動かした以上に、心がくたびれていました。
ここから、業種ごとに「本当に疲れていたもの」を振り返ってみます。
読みながら、「私もそれだ」と思うところがあったら嬉しいです。
ドラッグストアで疲れる、本当の理由
まずは、ドラッグストアでの話から。
5年も働いていると、いろんなお客様に出会います。
優しい方が大半です。
でも、たまに、どっと疲れる日があるんです。
「ここに置いてないの?」という理不尽
一番こたえるのは、置いていない商品について、責められること。
たとえば、枕。
「ここに置いてないんですか?」と聞かれて、「申し訳ありません、お取り扱いがなくて」とお答えする。
すると、「じゃあ、どこに買いに行けばいいの」「その店、遠くて行けないじゃない」と、だんだん詰められていく。
……いや、それを言われても。
働き始めた頃は、ちょっと申し訳ない気持ちになっていました。
でも今は、心の中でこっそり、こう思っています。
(え?それは知らんけど……)
もちろん、口には出しません。
お客様の困りごとには、できる範囲で対応します。
でも、「うちに置いていないこと」まで私の責任にされても、どうしようもないんですよね。
そう思えるようになっただけで、気持ちが楽になりました。
無言のお客様には、別の気疲れがある
怒るお客様も怖いですが、終始無言のお客様も、実は困るんです。
レジで「袋はお持ちですか?」と聞いても、返事がない。
聞こえているのか、いないのか、わからない。
無言でスマホのQRコードを出されたり、「レシートはカゴに入れておいて」というように、レシートを指でさされたり。
何度もしつこく聞くわけにもいかないので、こちらで判断するしかない。
でも、あとから「聞いてもらえなかった」と言われることもある。
何を考えているのか見えない相手と向き合うのは、思った以上に神経を使います。
価値観の違うスタッフ
疲れるのは、お客様だけではありません。
一緒に働くスタッフとの「価値観の違い」も、地味にこたえます。
たとえば、おすすめ商品の販売に燃えている人。
レジが混んでいても、お構いなしに接客を続ける。
お客様のためという考え方もあるのでしょう。
ただ、レジが混んでいるときの私は、「今は接客よりレジを優先したいな」と思ってしまうことがあります。
これは年代に関係なく、若いスタッフにも同じタイプの人はいます。
でも、私はもう、そこで気をもむのはやめました。
「ああ、こういう考えの人なんだな」と受け止めて、混んできたら社員さんを呼んでレジを手伝ってもらう。
そうやって、自分の機嫌は自分でとるようにしています。
医療事務で働いていた頃に疲れた、本当の理由
次は、医療事務で働いていた頃の話です。
ドラッグストアの「お客様との関わり」とは、また違う種類の疲れがありました。
こちらは、職場の中での疲れです。
指示が、コロコロ変わる
一番とまどったのは、仕事のやり方が日によって変わることでした。
今日は「これをやっておいて」と言われる。
翌日は「やっぱり、それはやらなくていい」。
その次の日は「こうしておいて」と、また別のやり方になる。
どれが最終的なやり方だったのか、わからなくなってくるんです。
説明があるときは、まだいい。
何も言われずに変わっていると、「前に言われた通りにやったつもりだったのに」と不安になる。
覚えることが多いうえに、その覚えたことが変わっていく。
これが、地味にこたえました。
大人になれば、なくなると思っていた
そしてこれは…書こうか、少し迷ったのですが。
正直に言うと、人間関係でくたびれることもありました。
ミスをしたときの伝えられ方や、自分のいないところで何か言われているような空気。
大人になれば、こういうことはなくなると思っていました。
学生の頃を思い出すような場面に出会って、戸惑ったこともあります。
正面から「ここはこうしてね」と言ってもらえたら、どんなに楽だったか。
でも、今になって思うのは、どんな職場にも、合う・合わないはある、ということ。
それは、私が悪いわけでも、相手が悪いわけでもない。
ただ、居心地のよさは、人それぞれ違うんだな、と。
だからこそ、「ここで頑張れない私はダメなんだ」とは思わないようになりました。
それでも続けられる理由
ここまで読んで、「そんなに疲れるなら、辞めればいいのに」と思った方もいるかもしれません。
でも、私は今も、パートを続けています。それには、ちゃんと理由があります。
「ありがとう」と言ってくれる人がいる
ドラッグストアで、忘れられないお客様がいます。
ある日、商品を手に持ったまま売り場を歩いている方がいました。
「よろしければ、カゴをお使いください」と、そっとお渡ししたんです。
ほんの、それだけのこと。
でも、その方は、こうおっしゃいました。
「私ね、長いこと百貨店で接客の仕事をしていたの。だから、接客の大変さがよくわかるのよ。こんなに丁寧に対応してくれて、ありがとう」
胸が、じんとしました。
理不尽なお客様もいる。
無言で去っていく人もいる。
でも、こうして「あなたの仕事を見ているよ」と言ってくれる人も、ちゃんといるんです。
たった一人でも、こういう出会いがあると、「ああ、続けていてよかった」と思えます。
その言葉に、私は何度も救われてきました。
割り切れる理由が、自分の中にある
医療事務の仕事をしていた頃も、続けられた理由がありました。
通勤が近いこと。
働く時間が短いこと。
条件が自分に合っていれば、多少のことは「まあ、いいか」と思えることもあります。
すべてを抱え込まないこと。
全部を完璧にやろうとしないこと。
「自分の価値観が、みんなと同じとは限らない」
そう思えるようになってから、ずいぶん楽になりました。
価値観の違う人に出会っても、「こういう考えの人もいるんだな。でも、私は私」と、そっと視点をずらす。
気持ちまで巻き込まれないようにする。
完璧ではありません。
今でも落ち込む日もあります。
でも、長く働くうちに、少しずつ身につけてきた知恵なのかもしれません。
続けるコツは、「自分の人生の主導権を手放さないこと」
長く働いてきて、たどり着いた答えがあります。
それは、自分の人生の主導権を、自分の手に置いておくこと。
どういうことか、お話しさせてください。
以前の私は、職場で何か嫌なことがあると、「我慢しなきゃ」「ここで頑張らなきゃ」と、自分を追い込んでいました。
職場が、自分の世界のすべてだったんです。
でも、あるときから、考え方を変えました。
主導権を、自分に戻したんです。
「ここを辞めても、私の価値は変わらない」
「嫌になったら、その瞬間に『辞める』と決める。そして、常識的な期間をきちんと置いて、辞めればいい」
そう思えるようになってから、肩の力が、すっと抜けました。
不思議なもので、「いつでも辞められる」と思っていると、かえって冷静に働けるんです。
理不尽なことがあっても、「まあ、嫌ならいつでも辞められるしね」と、心に逃げ道があるから、目の前のことに振り回されなくなる。
もちろん、転職したからといって、すべての悩みがなくなるわけではありません。
どんな職場にも、価値観の違う人はいます。
理不尽なことが、ゼロになるわけでもありません。
でも、だからといって、「今ここで我慢し続けなければならない」ということでもない。
自分に合う場所や、自分らしく働ける形を探していくことは、決して悪いことではないと思っています。
私は今、続けることを「選んで」います。
我慢して続けているのでも、辞められなくて続けているのでもありません。
自分で「続ける」と決めている。
50代になって、一番大きく変わったのは、この感覚なのかもしれません。
まとめ:疲れているのは、あなたが弱いからじゃない
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
50代になって「パートが疲れる」と感じるのは、年齢のせいだけではありません。
理不尽なお客様。
コロコロ変わる指示。
価値観の違うスタッフ。
気を遣い続ける毎日。
私が本当に疲れていたのは、体力ではなく、「人との関わり」でした。
そして、これだけはお伝えしたいんです。
疲れているのは、あなたが弱いからではありません。
50代で働き続けている。
それだけでも、十分頑張っていると私は思います。
疲れる理由は、年齢でも、性格でもなく、いろんなことが重なった「環境」のせい。
だから、どうか自分を責めないでくださいね。
それでも、もし限界だと感じたら——働く場所を変えることも、立派な選択です。
逃げでも、負けでもありません。
自分を大切にするための、前向きな一歩です。
会社は、一つではありません。
働き方も、一つではありません。
疲れたときは、少し休んでもいい。
立ち止まって考えてもいい。
自分を責めすぎず、自分のペースで。
そんなふうに働いていけたらいいな、と私は思っています。
なお、「疲れた」と感じたときに私が実際に見直してみたことは、こちらの記事にまとめています。よかったら、あわせて読んでみてください。
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